こんにちは、本日もご来院いただきありがとうございます。

今回は『歯科の歴史』についてお話したいと思います。


抜歯は床屋さんで!


床屋イラスト に対する画像結果

中世〜近代のヨーロッパでは聖職者が手術を行うことは禁止されていた為、手術は理髪師が行っていたそうです。貴族は内科医・外科医にかかり、庶民は理髪師である床屋外科医にかかったといわれています。理髪師は体に刃物を当てて髪やヒゲを剃る職業でしたので治療技術は外科医よりも圧倒的に優れていたようです。ちなみに理髪店のシンボル💈の赤、青、白は、赤は動脈、青は静脈、白は包帯や神経を表すようです。そのためヨーロッパでは一般に"抜歯は床屋さんで"という考えが強かったようです。

歯が悪くなったら抜歯という治療から治す治療へ


その頃アメリカでは、世界最初の歯科学校(ボルチモア歯科医学校)が設立されました。これまでの歯科治療は勘と経験が大半でしたが、学問体系ができはじめ、むし歯や歯周病の原因、進行過程が明らかになってきたことから、これまでは歯が悪くなったら抜歯された治療から、治す治療へ変化しました。

お歯黒、木床義歯(木の入れ歯)、房楊枝(ふさようじ)など独特な文化



房楊枝

木床義歯 に対する画像結果

木床義歯


一方、日本(江戸時代~)ではまだ医療が発展していない時代で歯が痛くなると加持、祈祷などお祈りを行なっていたようですが、お歯黒、木床義歯、房楊枝(ふさようじ)など独特な文化が盛えました。お歯黒の主成分は虫歯予防効果があり、主に小児歯科で使われるサホライドはこれをもとに開発されたようです。また入れ歯は今ではレジンと呼ばれるプラスチックの樹脂ですが、この頃は木製の義歯でした。最古の木床義歯は1538年のものがあるそうです。
江戸時代の歯科医療は"入歯師""歯抜き師""歯磨き売り"などの人たちが行っていました。

現在の歯科医療


徐々に制度が整いはじめ、1946年からフッ素歯面塗布が始まりフッ化物の応用が全国に普及しはじめました。1989年からは厚生省と日本歯科医師会が推進している「80歳になっても20本以上の歯を保とう」とする8020(ハチマルニイマル)運動が始まりました。

現在では、MI(ミニマルインターベンション:最小限の介入)というコンセプトによりなるべく削らない、削る場合は最小限にとどめるといった考えが普及してきました。また歯が無くなったところへブリッジ・入れ歯という選択肢にインプラントが加わり、その需要は高まっています。また、最先端の型とりとして、これまで粘土のような材料での型とりでしたが、光を使って型とりをする光学印象が導入されつつあります。このように歯科においても材料の発展やデジタル化により、ますます高度な歯科医療が提供可能となってきています。当院も患者様へより安心・安全に最適な治療が提供できるよう、利便性の高い最新材料・機器などに常に目を向け取り入れていこうと思っております。

 

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